浅葉のワーフリ日誌36:さよならの時を迎えて

愛してやまないワールドフリッパーのメインストーリーが完結を迎えた。

少し前には、今後の運営体制の縮小が発表が行われ、着実にサービス終了に向かって進んでいるように見える本作だが、その中で大きな魅力であるストーリーが完結を迎えたことに安心とやべえ感動がある。

サービス終了の気配を漂わせる中でのストーリー完結となると、おれたちの戦いはこれからだEND的なものを見せられるのではという心配もあったが、見事な着地点に物語は到達したといっていいだろう。完結編となる12章については、ここはもしかしたらはもっと尺を取る予定だったのかなと想像する部分もあったが、今まで遊んできた自分が一番見たかったものは入っていた。ありがとうありがとう。本当にありがとう。

次に更新される5月31日のストーリーイベントをもって、新規イベントの追加も終了するそうだ。ストーリーがもっと続いてほしかったという思いはもちろんある。なんせワーフリにはいままで実装されてきた数多くの魅力的なキャラクターがいる。膨大なキャラクターの隙間を語り尽くすなんてどれだけサービスが続いたとしてもできないだろうとわかりながらも、贔屓のキャラクターの話をもっと見たいという気持ちは消えない。きっとこういう欲求が、本作をこれからも遊んでいったり、語っていく原動力になるのだろう。

運営体制の縮小発表については、いちユーザーとしては感謝しかない。運営の縮小がひとたび行われば、普通に考えればそのうちサ終へと行き着くはずだ。(世界のどこかで爆発的人気を獲得して復権したり、大富豪がゲームごと買い取ってワーフリ2が始まったりするかもしれない未来も極小の確率であり得るかもしれないが……。)

今までワーフリのブログを書く中で、「サ終」という言葉は極力使わないようにしてきたが、これからは終わるであろうゲームとして本作を語り、楽しむことができる。サ終の気配を誰もが感じながら、一抹の希望を抱いてプレイするという状況はなかなか窮屈だし、明日サ終の発表が来るかもしれないゲームを、「おもしれえからやってみてよ」とかいうのもつらい。でももう発表はなされた。だからこそ「サ終する可能性があるけど、おもしれえからやってみてよ」みたいなストロングスタイルで人に勧めていこうと思う。(もし奇跡の大復活が起きたり、2が出たら、サイゲームスとシテイルの方角に土下座する。)


実はというか、当然というか。サ終の空気は多くのワーフリプレイヤーと同じく、ずいぶん前から感じ取っていた。ソシャゲの人気具合については、SNSのインプレッションや、セールスランキングを見ればなんとなく予想できてしまう。なんという残酷な世界だ。
エイプリルフールだかのイベントを手作りのピンボール台で乗り切るタフな立ち回りをみたときに、「すげえめちゃくちゃがんばってるけど……家計は苦しいのかい?」みたいな想像もしてしまった。

でもそのやべえ状態で、ストーリーの完結を見せてくれて、わざわざ運営体制の縮小のお知らせまでしてくれたことには感謝である。ハーフアニバーサリー前に発表するのは、運営の優しさにあるところが大きいのではないかと予想する。いつしかワーフリの生放送で語られたキーワードである「実家感」を、「さよならの時」に噛みしめることになろうとは。

 

ワーフリが終わりゆく理由については、いろいろな場所で語られている。最初のナーフがなければ、限定キャラが連打されなければ、持ち物チェック的な高難度コンテンツが多すぎたのではみたいな感想がインターネット上に散らばっている。こうした感想に少しずつ同意できる部分はあるものの、ブログで書いてきたおれやそのワーフリ仲間たちを振り返ると、限定キャラを引いたときのヒリつくような感覚に夢中だし、ワーフリのガチャ演出に喜怒哀楽を焼かれている。暇人ランクでしょとかいいながらも戦陣の宴やコンバットダイバーを密かに走り続け、手動とかやってらんねえよななんていいながら手動でコソコソタイムアタックをやってきた異常者の集まりがおれたちなのだ。そんなおれたちがわかった面をしてゲームの反省を語ることに意味はないだろう。

ぶっちゃけると、この放置ゲーみたいなシステムで3年半。大往生と言っていいのではないだろうか。

 

で、おれたちはこれからどうするのか。

おそらくサービスが終わるであろうワールドフリッパーにどう向き合うのか。

 

ワールドフリッパーから逃げるな。